松陰神社(東京都世田谷区若林)
Feb 28, 2026•Channel
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Description
こちらは萩ではなく東京都世田谷区若林にある松陰神社
若林は吉良氏の領地だった
鎮座地にはかつて長州藩主の別邸があった。松陰が安政の大獄で刑死した4年後の1863年、高杉晋作など松陰の門人によって小塚原の回向院にあった松陰の墓が当地に改葬された。
1882年(明治15年)11月21日、門下の人々によって墓の側に松陰を祀る神社が創建された。現在の社殿は1927年から1928年にかけて造営されたものである。
松陰の50年祭に際して寄進された26基の燈籠には伊藤博文、木戸孝正、山縣有朋、桂太郎、乃木希典、井上馨、青木周蔵などの名前が刻まれている。松下村塾を模造した建物、頼三樹三郎、広沢真臣らの墓もある。
松陰らが眠る墓域は幕末時代、徳川勢により一度破壊されたが、明治元年(慶応4年)、木戸孝允がこれを修復整備した。
墓域には現在も、木戸が寄進した鳥居が残っている。
また、敷地に隣接する形で桂太郎の墓もあるが、案内が不十分なこともあり、参拝者は少ない。桂自身の遺言により、この地に埋葬された。
松陰神社がある縁から、1996年に世田谷区と萩市は友好都市提携を行っている。1992年より世田谷と萩では商店街などの民間交流がはじまった。若林では「萩・世田谷幕末維新祭り」が開催されている。境内には松下村塾もあるが、これは萩の松陰神社境内に保存されている松下村塾を模し復元建造されたものである。
なお、徳富蘆花の「謀反論」でも書かれているが、谷を挟んだ向こう側には豪徳寺がある。豪徳寺は吉田を刑死させた安政の大獄を起こした井伊直弼の菩提寺である。