統合失調症に対して抗うつ薬は効くのか?
May 15, 2026•Channel
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こんばんは。精神科医の芳賀高浩です。
この数日は、抗うつ薬について続けてお話ししてきました。最初は「最も効果の強い抗うつ薬は何か」、次に「抗うつ薬を二剤併用するなら、どの組み合わせに根拠があるのか」というテーマでした。今日はその流れで、統合失調症の方に抗うつ薬を使うことはあるのか、特に陰性症状に抗うつ薬は効くのか、という話をしたいと思います。
まず大前提として、抗うつ薬は基本的にはうつ病や不安症などに使う薬です。統合失調症そのものに対して抗うつ薬を使うことは、保険診療上は適応外使用になります。実際には、統合失調症の方に抗うつ薬が処方されている場合、「うつ病」や「抑うつ状態」という病名が併記されていることが多いと思います。
ただし、精神医学的には、統合失調症とうつ病を単純に並べて診断するというより、「統合失調症の経過中に抑うつ症状がみられる」と考える方が自然な場合もあります。とはいえ、臨床現場では統合失調症の方に抗うつ薬が使われることは珍しくありません。ですから、統合失調症の診断がある方が抗うつ薬を飲んでいるからといって、それだけで「おかしな治療をされている」と考える必要はありません。
私自身の診療では、統合失調症の方に抗うつ薬を積極的に使うことはそれほど多くありません。これは、私が研修を受けた東京都立松沢病院の文化も影響していると思います。そこでは、統合失調症の治療は抗精神病薬を中心に考え、抗うつ薬をどんどん追加するという雰囲気はあまりありませんでした。精神科の薬の使い方は、エビデンスだけでなく、研修した病院や指導医の考え方の影響をかなり受けます。私の場合も、その基本姿勢が今の診療に残っていると思います。
統合失調症の方に抗うつ薬を使う場面は、大きく二つに分けられます。一つは、統合失調症に抑うつ状態が合併している場合です。もう一つは、統合失調症の陰性症状、つまり意欲低下、感情の平板化、自発性の低下、社会的ひきこもりなどを改善する目的で使う場合です。
この二つは似ています。どちらも「やる気が出ない」「家でゴロゴロしている」「外に出ない」「会話が少ない」という状態として見えるからです。しかし、実際に診察すると違いがあります。
統合失調症に抑うつ状態が合併している場合、本人はかなり苦しそうです。何もできないことに対するつらさ、悲壮感、気分の落ち込みが前面に出てきます。「つらい」「生きているのがしんどい」「このままではだめだ」という訴えが出ることもあります。
一方で、陰性症状が目立つ場合は、生活機能は落ちていますが、うつ病のような強い悲壮感が目立たないことも多いです。「面倒くさいです」「特にやる気が出ません」と淡々としている。苦痛を強く訴えるというより、自発性そのものが落ちている印象です。ですから、同じ意欲低下でも、抑うつ状態なのか、陰性症状なのかを分けて考える必要があります。
まず、統合失調症に合併した抑うつ状態に対する抗うつ薬についてです。2002年のコクランレビューでは、有用性を支持も否定もできる十分な証拠はない、という結論でした。つまり、その時点では「効く人もいるかもしれないが、はっきりとは言えない」という評価だったわけです。
その後、2017年に英国のグループが『British Journal of Psychiatry』に発表したメタ解析では、統合失調症の抑うつ症状に対して抗うつ薬は有効であるとされています。この研究ではNNTという指標が使われており、結果はおよそ5でした。NNTとは、何人に治療すると、その薬のおかげで一人分の追加効果が得られるか、という数字です。NNTが5というのは、臨床的には悪くない数字です。
つまり、統合失調症の方であっても、明らかな抑うつ状態があり、悲壮感や強い気分の落ち込みを伴う場合には、抗精神病薬に抗うつ薬を上乗せすることは、十分に合理的な選択肢になりうるということです。私の感覚としても、統合失調症に抑うつ状態が合併している場合、抗うつ薬がうつ病の方と同じように効くことはあると思っています。
次に、統合失調症の陰性症状に対して抗うつ薬が効くのかという問題です。
ここでまず大切なのは、二次性の陰性症状を除外することです。抗精神病薬が多すぎてぼんやりしている、鎮静が強くて意欲が落ちている、睡眠薬や抗不安薬が効きすぎている、という場合があります。これは本来の陰性症状というより、薬の影響による意欲低下です。ですから、薬を追加する前に、まず今の処方が過量になっていないかを確認する必要があります。
そのうえで、必要最小限の抗精神病薬で陽性症状を抑えても、なお無為自閉や意欲低下が残る場合に、抗うつ薬の追加が検討されます。
2016年には、ドイツのグループによるメタ解析があり、82試験、3608人を対象に検討した結果、抗うつ薬の追加は抑うつ症状だけでなく陰性症状にも、小さいながら有意な効果を示したと報告されています。ここでいう有意とは、偶然とは考えにくい差があったという意味です。ただし、効果が大きいという意味ではありません。
さらに2018年には、英国、米国、ドイツ、デンマークなどの研究者によるメタ解析が『Acta Psychiatrica Scandinavica』に発表されています。この研究は、二重盲検ランダム化比較試験に絞っており、42試験、1934人を対象にしています。質の高い研究を集めた解析と考えてよいと思います。
この研究では、陰性症状に対する抗うつ薬の効果はSMDでおよそ−0.25でした。SMDは効果の大きさを示す指標で、一般に0.2程度なら小さな効果、0.5程度なら中等度、0.8程度なら大きな効果と考えます。つまり、統合失調症の陰性症状に対して抗うつ薬は、統計的には効果がある。ただし、その効果は小さい、ということです。
ここはとても大切です。統合失調症の陰性症状に抗うつ薬は「全く効かない」とは言えません。しかし、「劇的に効く」とも言えません。集団で見ると少し効く。患者さんによっては助けになることがある。これくらいの理解が現実的だと思います。
最近では、2025年に中国から『Psychological Medicine』に発表されたネットワークメタ解析もあります。2065人を対象にした研究で、統合失調症の陰性症状に対して、ミルタザピンとデュロキセチンが良好な結果を示したとされています。ミルタザピン、商品名ではリフレックスやレメロン、デュロキセチン、商品名ではサインバルタです。
この研究では、ミルタザピンやデュロキセチンがかなり大きな効果量を示しています。ただし、実際に登録されていた症例数は、ミルタザピンで48例、デュロキセチンで64例と多くはありません。ですから、この結果だけで「陰性症状にはミルタザピンとデュロキセチンが非常によく効く」と断言するのは慎重であるべきです。ただ、有望な選択肢である可能性はあると思います。
ここまでをまとめると、統合失調症に合併した抑うつ状態に対しては、抗うつ薬は比較的しっかり効果が期待できます。一方、統合失調症の陰性症状に対しては、小さいながら効果があると考えられます。ただし、全員に大きな改善を期待する薬ではありません。
また、保険診療上の問題もあります。明らかな抑うつ状態がある場合はまだ説明しやすいですが、純粋な陰性症状に対して抗うつ薬を使う場合は、厳密には適応外使用になります。そこには医師としての慎重な臨床判断が必要です。
患者さん側から見ると、「統合失調症なのに抗うつ薬を飲んでいるのはおかしいのではないか」と不安になる必要はありません。抗うつ薬は、単に気分を明るくするだけの薬ではなく、セロトニンやノルアドレナリンの働きを調整し、BDNFや神経可塑性にも関係する薬です。神経細胞のネットワークを回復しやすくする方向に働く可能性があります。
ですから、統合失調症の方に抗うつ薬が絶対に効かないということはありません。抑うつ状態がある場合には十分に有効なことがありますし、陰性症状に対しても、患者さんによっては生活機能の改善につながることがあります。
ただし、薬だけで陰性症状がすべて改善するわけではありません。生活リズム、訪問看護、デイケア、作業療法、家族支援、環境調整なども重要です。統合失調症の治療は、幻覚や妄想を抑えるだけでなく、その後の生活をどう支えるかが大切です。
今日お伝えしたいことは、統合失調症の方に抗うつ薬を使うことは、決して奇妙な治療ではないということです。万能ではありませんし、保険上の壁もあります。しかし、抑うつ症状には一定の根拠があり、陰性症状にも小さいながら効果が示されています。
すでに抗うつ薬を処方されている方は、それだけで不安になる必要はありません。主治医が何を目的に使っているのか、抑うつを見ているのか、陰性症状を見ているのか、副作用をどう考えているのかを確認しながら、治療を続けていくのがよいと思います。
精神科医の芳賀高浩でした。今日は、統合失調症の抑うつ症状と陰性症状に対して、抗うつ薬は使えるのかというテーマでお話ししました。